HIRAMEKI-inspiration- diary

ひらめきのままに I just follow my spirit

見たいものを見ている だからこそ選ぶ

f:id:chihonakajima:20170828143651j:plain

今、宮部みゆき著の
「悲嘆の門」
を読んでいる。

物語も佳境を向かえたある章で
読み終える前に書きたくなるほど
響いた部分がある。

この小説の主人公である青年は
この世のものではないモノから
「言葉」を視る力をもらう。

この世に存在するが目には見えない「言葉」を
それが孕んだ憎悪や嫉妬
そこから生まれる残酷なまでの狂気など
生理的な嫌悪感を伴って可視出来るその力は
正義感に燃える彼を魅了し
その特別さに酔いしれながらも
やがて毒されていたことに気づくことで
ついにその力を手放す決断をする。

そして
最後にもう一度「視る」力を使って
この力を得るきっかけになった
母を亡くした少女に会いに行く。

彼は最後の力を使い
少女の「言葉」を視るのだが
そこには彼が今まで視てきた
目を背けずにはいられないほどの
おどろおどろしいものはなく

光を纏い
娘を守り続けるために寄り添う
母の遺した「言葉」があった。

そこで彼は気づく。

この力は邪悪なものを視るだけのものではなく
尊いものも視れるのだと。

私も「そうだ」と思った。

イライラや嫌悪感、不快な思いをするたびに
「なぜこんなものがあるんだ」
と不服を感じていた。

でも自ら選び
そのように見ていたのは
ほかの何でもない私自身だったんだ。

話の中で主人公は
その力を手放すうよう
何度も説得される機会があった。

でも彼は手放さず
その悪気に当てられていった。

後に目が覚め
「最後に視たい」と自ら選んだものは
彼の心を温かくするものだった。

私たちは見たいものを見ている

だからこそ
見ているものを選べば良い

温かくふわふわし
柔らかく包まれるような
そんな思いが出来るモノを